焚き火的思考で人生はすべてうまくいく

2022.11.16 (水)

焚き火は人の営みの原点、人間の本能に立ち返ることができる。余計なものを取り払ってシンプルに考えることができる。焚き火は多くのことを教えてくれる。

焚き火の場を介して物事をみることを「焚き火的思考」と呼んでいる。本記事では、日々起きる事象を焚き火的に思考し、解決に導くヒントをまとめてみた。

焚き火で対話する

焚き火を囲むと心が和む。だんだん余計なことを考えなくなる。やがて自然体になってくる。素直な気持ちになってくる。

その状態で相手ととの時間を共有する。火が適度な距離感をつくってくれる。火を見ていたらずっと相手の顔を見なくてもいい。

黙っていても違和感がない。むしろ、ところどころの沈黙が心地良い。相手の話を自分の中で消化する時間にもなる。焚き火は自然な対話を演出してくれる。

対話とは向き合ってじっくり話すことというイメージがあるかもしれない。それはそれで大切。ただ向き合い過ぎると相手には逃げ場がなくなってしまう。だから適度な距離感があった方がいい。

対話の目的は、相手と自分には違いがあることを知ることにある。違うのが当たり前、だからいいと感じる。そうすると相手の背景に何があるのかに思考が動き始める。結果、相互理解へと進む。

今日は対話をしよう・・・そんな場面になったときは、真ん中に焚き火があるような気持ちで臨むといい。きっと今までにない有益な時間になることだろう。

焚き火を囲むと笑顔になる

焚き火を囲む人の表情を見る。するとみんな和やかな表情になっている。まさにこの「和」がぴったりの空気感がある。その人の自然な笑顔が生まれる。不思議にいつもこうなる。まさに火のなせるワザだろう。

ストレスがかかると元気がなくなる。かといって今の時代、ストレスがない状態なんてあり得ない。だとすれば、ストレスとどう付き合っていくかということになる。

笑顔をつくる、口角を上げることが大切と言われる。たしかにそう思う。笑うとたのしくなる。でもできたらつくり笑顔ではなくて、心からにじみ出てくる笑顔の方がいい。

笑顔になると自分の中にあるストレスが緩和する。そして相手を笑顔にできる。笑顔は伝染する。結果、その場全体が和むつくり笑いではなく、自然な笑顔であるのがベスト。焚き火を囲んで自然な笑顔を取り戻そう。

焚き火を眺めてボーっとする

焚き火の火を見つめていると、知らず知らずボーっと眺めている状態になる。振り返ると何も考えていない自分がいたりする。そんなひとときを過ごすだけでスッキリすることができる。

頭の中がいっぱいになると、アイデアなんて湧いてこない。嫌な表情も出て周囲へ悪影響を及ぼし良いことなんて何もない。

そんなときはまず頭の中を空っぽにするのがいい。空っぽにするとインプットできるキャパが開く。空っぽにしないから次の一手が生まれない。

瞑想やマインドフルネス、禅の世界といったものがある。いずれも無心になるためにやる行為。同じ種類の話だと思う。

常に仕事に追われている状態は脳に良くないという。ボーっとしているときは通常の15倍脳が働くというエビデンスもあるそうだ。定期的にボーっと何も考えない時間をつくってみよう。

焚き火の前でじっくり待つ

焚き火をつくるときにメインになるのが火熾し。火熾しがうまくいけば、あとは火を眺めながらゆったり過ごせる。

この火熾しがなかなか難しい。特に多くの初心者は火熾しがうまくいかずにつまずく。火を早く熾そうと慌てたり急いだりしたら余計に火は熾きない。じっくりゆったり構えると火は熾きてくれる。

着火して火を育てている時。細い枝から太い枝へ火が移っていくのを見守る。お湯を沸かしている時。焚き火のコンディションを見ながらじっくりと腰を据える。

焚き火をしているとこんなふうに「じっくり待つ」場面がよくある。ここで焦ったりイライラしたらうまくいかない。まるで焚き火が気持ちを感じ取っているみたいだ。

待つことで心が落ち着いてくる。待つことで周囲の景色が見えてくる。待つことで状況が把握できる。

忙しい毎日、待つことをしているだろうか?次から次へ先のことばかり考えていないだろうか?時にはその場に立ち止まって、待ってみるのもおすすめしたい。

薪拾いからわかる思いやり

焚き火体験イベントを開催する。みんな初対面というケースが多い。最初はぎこちない空気が流れる。そんな中、まず最初にやってもらうのが薪拾い。近隣の森へ行って落ちている木枝を拾う。

木枝を拾うという行為、なかなか日常ではやらないこと。それだけで森が近くに感じられる。自然に入ると心が解放される。

「どちらからいらしたんですか?」「○○です」「あ、昔近くに住んでました」・・・そんな中、お互いにちょっとした声掛けがはじまる。

拾った薪を袋に入れていく。するとだんだん重たくなる。その様子を見て、「あ、片方を持ちましょうか?」と自然な声掛けが起こる。「ありがとうございます」言ってもらった方はうれしそうな表情になる。

誰かに何かをしてあげると幸せな気持ちになる。一日一善という言葉がある。ささいなことでいいので行動に移してみる。焚き火の薪拾いはそんな行動を自然に促してくれる。

一緒に薪を組む


複数人が集う焚き火の場では一緒に薪を組んでもらうことにしている。お互いのコミュニケーションが自然にできるようになってほしいから。

薪を組む行為はそれ自体がたのしい。理屈抜きだ。「どうやって枝を立てていこうか?」「こうしたら空気が通りやすくなるかも?」「写真映えするのはこれかな?」思い思いで組んでいく。子供の頃の無邪気さが生まれる。

一緒に薪を組んでいると相手との距離感が近くなる。物理的な距離感は心の距離感にもつながる。だから自然に仲良くなっていく。スキンシップをしようなんて言っているのではない。あくまで自然な流れがベスト。

誰かと一緒に何かをつくっていくプロセス。そこから生まれる協働意識。焚き火はシンプルにそれを教えてくれる。

焚き火で素の自分に戻る

焚き火を囲むと心がゆるむ。心がゆるむと解放される。解放されると素直になれる。そんなシンプルなながれが生まれる。

「こんな話をしたのはいったいいつ以来だろう・・・」「今日はとても良いひとときを過ごすことができた」焚き火の場に訪れた人たちが口々にそんなことを言う。

社会で生きていると、自分を装うことが多々ある。本当はそう思ってないし、したくないけどしょうがないから・・・これを繰り返しているとそれがだんだん当たり前になる。

自分の心に素直になろう。全てはここから始まる。素の自分に勝るものはない。

火があると人が集まる

とある劇団のキャンプファイヤーの演出をさせてもらったことがある。本番が終わり、キャンプファイヤーの火は大きな熾火になった。落ち着いた火、周囲を暖めてくれる。

するとその火のまわりに一人、また一人と人が寄ってくる。劇を観賞していた参加者、劇を演じた人、裏方の人。立場を超えて自然な笑顔が生まれていた。こうした光景をよく目にする。

焚き火があると自然に人が集まってくる。そして自然な会話が生まれる。人類の歴史を振り返ってみる。火を中心に社会ができていったのかもしれない。

SNS、ネットでつながり過ぎた現代、その分疲れてしまう。ひと昔前のようにリアルでお互いを気にかけ合える関係。童謡「たき火」に描かれた情景を再現できたら幸せになるだろう。

焚き火を丸く囲む

焚き火を囲むと丸くなる。火を中心に丸ができる。四角より丸の方が心が穏やかになる。

丸く囲むとみんなの顔が見渡せる。四角だと一部の人しか見えない。真ん中の焚き火のおかげで相手の顔を凝視しなくてもいい。炎越しに見える表情がちょうど良い。

できたら椅子ではなくて地面に直接座ってみたい。すると視線の高さが変わって見える景色も変わる。地面から地球を感じることもできる。

いわゆる車座。上座も下座もない。焚き火の場ではみんなフラットでフェア。だから自然なコミュニケーションが生まれる。

丸く囲んで座ってみよう。きっと今までと違う世界が見えるから。

焚き火は育てるもの

焚き火づくりは薪拾いからはじまる。森や林に落ちている木枝を集めてくる。近くにある公園でもいい。日頃気にもかけないが実はたくさんの薪が落ちている。

細いもの、太いもの、大きさ、長さ、樹種のちがい・・・木枝はいろいろな種類があった方がいい。その方が焚き火をつくりやすいから。

次に拾ってきた薪を仕分けする。火熾しするとき、燃えやすいものからくべていけるようにするためだ。そして薪を組む。火は下から上へと燃えていく。それに合わせて焚き付けからだんだん太い薪へと組み合わせる。

そしていよいよ着火。ここで慌ててはいけない。火が火口(ほくち、火が最初に点く材料)から細い木枝へと燃え移っていく様子をじっくり見守る。

枝から枝へと火が移り、だんだんと炎が大きくなっていく。温度が高くなるまでが一番大事なところ。温まってきたら、少しずつ薪を追加くべていく。

焚き火は育てるものだ。最初バラバラ、いろいろだった木枝をその特性ごとに分けて、一つにまとめながら進めていく。

チームをつくるときを想像してみてほしい。最初はみんなバラバラだ。集まったメンバー一人ひとりをしっかり見る。各々がもつ個が発揮できる環境をつくる。そして個がつなぐ合ったときに最高の状態になる。

焚き火をつくることで、人を育てるプロセスを実感できる。

熾(おき)をつくる

焚き火のクライマックスは熾(おき)。炎を上げていた薪が燃え尽きて白く赤くなって、芯の部分が静かに燃えている状態をいう。昼間だだと白く見えるが、夜見ると真っ赤になっているのがわかる。

火力が安定しているので焚き火料理には熾火が最適になる。がんがん燃えている火に入れると表面だけ焼けて焦げてしまう。美味しく焼くにはじっくりと中まで火を通す。

熾がたくさんつくろう。そうすると熱が溜まる。熱が溜まると一見火が消えたように見えても新たな薪をくべると、しばらくして燃え始める。

自分と周囲の人たちで熾をつくろう。慌てずじっくり熱量を溜めよう。そうすればいつでも新たな火が燃え始めるから。

焚き火の前ではみんなフラット

数年前、焚き火かたりバーという場を開催していた。会社帰りにふらっと焚き火を囲んでもらって、飲み食いしながら話をする。ただそれだけの企画だ。

そこには老若男女さまざまな人が集っていた。共通点はただ焚き火が見たい、焚き火が好きということだけだ。

焚き火を囲んでいてもお互いがどういう人なのか深く訊いていくようなことはしない。話の流れでそうなればそれに合わせて自分のことを話すという感じ。

年齢、性別、社会的地位や立場・・・そんな類はまったく関係ないし、話題にも上らない。だからその場で感じたことをそのまま自由に気楽に話せる。結果、素の自分が出せる。

日常生活でフラットな関係性がどれだけあるだろうか?特に職場といった環境では難しいのではないだろうか?

お互いを認め合い、尊重し合えるようになるには、フラットな関係性が必須。焚き火のような環境づくりをしてみよう。

焚き火は相談相手

寒いときは焚き火が暖めてくれる。お湯を沸かしてお茶を飲ませてくれる。実は火は人の生活にとって身近な存在だ。

何かでモヤモヤしたとき、焚き火と向き合っていると、頭が空っぽになってすっきりした気持ちになる。いつでもそっと受け止めてくれるような存在でもある。

どんなときでもそのままの自分を受け止めてくれる。あたたかな空気感で包み込んでくれる。そんな人が身近にいるほど心強いものはないだろう。

そして自分自身がそんな存在になれると最高だと思う。

火と向き合う一人の時間

一人になって焚き火を見つめる。すると焚き火も自分と向き合ってくれる。最初は火そのものを見ているがそのうち焦点がぼやけてきたりする。そして知らず知らず自分の内側を見つめている世界に入る。

時間のながれの激しい毎日。見るもの、聞くもの、怒涛のように過ぎていく。さみしがり屋なので誰かとつながっていたいと思う。知らず知らず周りのことながりに気にしてしまう。

一人時間をつくっているだろうか?自分と向き合う時間をもっているだろうか?いつもいつもやらなくていい。たまにでいい。いつの間にか自分を見失ってしまわないように。

焚き火とともに何もしない時間を過ごす

焚き火の傍らでお茶を飲んでみる。ただ火を見つめながらゆっくり過ごす。できたら焚き火でお湯を沸かして自分で淹れてみるのがおすすめ。手間をかけて丁寧にやる所作が心を静めてくれる。

現代は忙しい。時間に追われる毎日。あれもこれもやらないといけないと充満する。頭の中がいっぱいになると余裕がなくなる。余裕がなくなるとイライラする。イライラすると自分にも周囲にも良くない。

あえて何もしない時間を過ごしてみよう。心とからだをリセットしよう。自然の中にいるだけで包み込んでくれる感覚になれるから。

焚き火は段取り8割

初めて焚き火を体験すると火熾しに苦労する。なかなか思ったように火が着いていかない。少し燃えてきたときに枝を追加しようにも自分の周りになくて慌ててしまう。そうこうしているうちに火は消えていく。

焚き火を上手につくっていくには前準備が大切。最初に火を着けるスギやマツの枯れ葉、乾いて燃えやすい木枝を選ぶ、太さを極細のものからだんだんと太いものを拾っておく。

着火剤や薪にする木枝を火を育てていく順番に自分の手元に仕分けして並べておく、うちわ、火ばさみをすぐに使える場所に置いておく・・・といった感じだ。

物事には段取りがある。特に下準備をしっかりやる。確認を怠らない。そうすることでスムーズに事は進んでいく。

小さな枝から火が生まれる

開拓現場にはたくさんの木枝が落ちている。特に秋口になるとその量が増す。普通その一つひとつを気に留めることなんてない。

ある日のランチ時、少し暖をとりたいのと、パンを炙りたいので、そのあたりに落ちている小枝を使って二次燃焼ストーブで火を熾してみた。

するとあっという間に小さな枝数本で炎が立ってきた。少しだけ太い枝を足すと見る見るうちに炎は大きくなった。あたりがぽっと暖かくなった。

身の周りにあって気にもかけないもの。その一つひとつに光を当てると、驚くようなものへと変化を遂げる。どこに目を向けるかが大切なのかもしれない。

人と人の間に焚き火

焚き火イベントの場は一人参加、初対面というケースが多い。最初はぎこちない空気が流れる。

でも3時間ほど焚き火を囲んだひとときを共有すると、帰る頃には昔からの友だちのように仲良くなっていたりする。

焚き火が初対面同士の間に入って仲立ちをしてくれるのだと思う。火を見ていると相手の顔を見なくてもいいので気楽。肩肘張らず自然な会話が生まれていく。

「まあまあ、ゆっくりしないよ」焚き火がそんなふうに仕向けているみたいだ。

お互いが気楽に自然になれるような関係性。肩の力を抜いてその時感じたことをそのまま口に出せるような雰囲気。

焚き火のような空間をつくることができたら、仕事もプライベートもきっとうまくまわり始めることだろう。

焚き火雑談から相手を深く知る

焚き火を囲むと自然な雑談が生まれる。雑談をしようという意識がなくとも他愛もない会話が始まる。

他愛もない話をしている中から、「あ、そうだったんですね」「僕も似たようなことがあるんですよ」と少し深い方へと話が展開していく。

雑談をしていると、その人がこれまで経験してきたことがわかる。そして経験から生まれた考え方、ひいては価値観まで垣間見ることができる。

つまり雑談は相手の根っこを知る入口になるものだ。自然な雑談ができることは相手を理解する上でとても大切と言える。

焚き火のようなあたたかな雰囲気の中で雑談をたのしもう。

焚き火の前で沈黙と間をたのしむ

焚き火を囲んでしばらくすると、みんな一様に黙り込んでしまう。火をじっと見つめながら心穏やかになった状態だ。

何人かで囲んでいてもやはり同じようになる。さっきまで雑談に花が咲いていたと思ったら、突然沈黙になる。そしてとても和やかな表情をしている。

焚き火の前では無理に話そうとする必要がない。沈黙であることが許されるし、むしろ沈黙をたのしんでいるとも言える。焚き火のパチパチという音が静かさに心地よさを演出する。

普段の生活で沈黙になるときはあるだろうか?複数で話しているときは沈黙を避けているはず。だから無理にでも話そうとする。そのことが苦痛な時すらある。

誰かに問いかけて黙ってしまったら、すぐに「どうなの?」と畳みかけていないだろうか?実は相手は問いに対して熟考している最中かもしれない。沈黙もまた声だ。

沈黙は言い方を変えたら「間」になる。間は相手が考えている時間を待つこと。焚き火ではそんな「間」を自然につくり出すことができる。

沈黙は金という言葉がある。沈黙することは多くを語る以上に価値があるという意味。有意義なひとときを持とう。

燃やすのではなく、くべる

焚き火を消さないように保つには、そのつど燃料を補給してあげる必要がある。この燃料を補充する作業を「くべる」という。火が小さくなってきたら、火を絶やさないために、燃料となる薪や小枝などを火の中に足していく。

燃やすと言えば、どんどん入れて炎を大きくするイメージがある。「くべる」はそうではなくて、一つひとつの燃料を丁寧に、自然の有難みも感じながらやっていく動作だ。

「所作」という言葉がある。立ち振る舞いや身のこなしを表。物を取る、椅子に座る、歩くなど、日常の動作すべてに通じる。くべるも所作につながる。

茶道や華道では作法を重んじ、歌舞伎では舞踊のことを「所作事」と言うなど日本的なものだ。所作を少し意識するだけで、周りの印象を大きく変えることにつながる。

大量消費、情報過多の時代。目を引く話題を取り上げ、大騒ぎをして、翌日には消えていく。そんなことを繰り返していると人として大切なものを失ってしまう。

燃やすのではなくくべる所作。日々もちたい心持ちと言える。

森を循環させる焚き火

焚き火は自然の木枝を燃やしてつくる。わざわざ木を伐って薪をつくるといった行為は必要ない。地面に落ちたもの、立ち枯れたものを利用する。

木枝を燃やすと焚き火の最終の姿は真っ白な灰だ。きれいに燃え尽きた灰は土に還すことができる。植物の肥料にもなる。焚き火をすることで森の中で小さな循環が生まれる。そして自然には循環があることに気づく。

持続可能な社会という言葉がある。地球規模といった大きなスケールでみると自分に何ができるの?と考えてしまう。まず身近なところで試してみよう。焚き火はそんな小さな循環、ずっと続くことの大切さを教えてくれる存在だ。

炎の色に元気をもらう

色彩心理学では赤やオレンジは元気が出る色と言われています。暖色と呼ばれる赤、オレンジ、黄色は焚き火の炎の色そのものだ。身も心も文字通り暖かくなる。

月夜の夜は青白く寒色系。寒色系と暖色系のコントラストでより一層焚き火のあたたかさを感じられるようになる。対極になるものがあるから、それがもつ魅力がより際立ってくるのだろう。

有名なイソップ寓話に北風と太陽がある。暖かいの気持ちをもって人と接することができたらベスト。焚き火のような人を目指したいと思う。

その場の環境に合わせる焚き火

焚き火をするのに必須になるのが薪や着火剤。ホームセンターなどで市販のものも売っている。本当の意味で焚き火をたのしみたいなら自然のものを使いたい。

森の中であれば落ちているスギやマツの枯れ葉や木の皮が着火剤に、木枝が薪になる。海辺であれば流木を薪にする。細い枝から太い枝まで木枝にもバリエーションがある。樹種によってさまざまな種類がある。燃え方も違う。

こうして薪拾いをしていると、森や海を身近に感じるようになる。自然の中にはたくさんの恵みがあることがわかる。一見不要だったものがすべて宝物に変わる。

毎日の生活の中、自分の周りにはいろいろな環境がある。価値を感じることもなく見過ごしているものもたくさんあるのではないだろうか。その場その場に順応できるのがいい。環境に合わせることは自然体になるということかもしれない。

当たり前が有り難い

焚き火をつくるにはそれなりに手間が掛かる。まず薪拾い。どんなものでもいいわけではなく、火が着きやすいように乾いていて、細いものからだんだん太いものを集める必要がある。

段取りよくできるよう薪の仕分けをし、薪組みをし、慎重に着火。そして落ち着くまでしっかり見守り、面倒を見ていく。こうしてやっと暖がとれたり、灯りになったり、お湯を沸かすことができる。

毎日の生活に置き換えてみよう。寒いときはスイッチひとつで暖房できたり、照明がついたり、お湯が沸かせる。たまにある停電で右往左往した経験はないだろうか?災害時で生活インフラが止まったときを想像してみる。

日々当たり前のように使っているもの、自分の身のまわりで起こっていること。それらは実は有難いことではないだろうか。感謝の気持ちをもって丁寧に暮らせたら幸福感は増してくる。

火は人の暮らしの原点。日頃当たり前と思っていることが有り難いことだと教えてくれる存在だ。

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